「影」が「ながながと」なるのは、太陽が昇ってすぐ、もしくは沈む前の、地平線に近い低い位置にある時である。朝か夕方のどちらかだが、この句の場合、おそらく夕方だろう。なぜなら日本は「戦争」に負け、日本の軍旗、朝日を模した「旭日旗」が、地に、海に落ちたからだ。「百合」は、その強い香気が屍臭を消すことから、「死」を示唆し、「死」の象徴となってきた花。掲句は、「戦争のあと」も「死の影」が、「ながながと」人々の日常に「影」を落とし続けてきたことを、象徴的に詠んだ句なのだ。松澤雅世には他に/そめゐよしののくるめきに人問はず/はなびらになりかけてゐる向つ気の/むさしののはしつこにゐて冬金魚/山々の笑ひめがけて指鉄砲/簗守になりさうな貌してゐたる/聲変りはじまつて百物語/草笛にぼんやり地平むきあへる/など。