今から二千数百年ほど前、古代中国の陰陽五行思想では、東西南北の守護神にちなみ、四季にも色が割り当てられていた。東(青龍神・春・青)、南(朱雀神・夏・赤)、西(虎神・秋・白)、北(玄武神・冬・黒)である。風といっても微弱なものから強風までいろいろあるが、『奥の細道』で芭蕉は、初秋から晩秋に至る秋風の微妙な差を詠み分けている。掲句と同じ「白風」は、「石山の石より白し秋の風」という形で詠まれており、爽やかに吹き渡る風を指す。「耳やわらかくしておこう」は、作者もこの芭蕉に倣い、秋の風の微妙な違いを聴き分けたいと願ったのだろう。視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、五感を研ぎすまし、微妙な違いを見分け、聞き分け、嗅ぎ分けてこそ、秀句は生まれる。そのことを、作者は知っているのだ。早川里子には他に/あんまり笑うから対角線に秋/死ぬまでは言うこと効かぬくすり指/水ぐるまゆっくり廻る歯痛あり/行き先はもう決めている紙風船/おぼろ夜の少年かなしいほど自由/つちふるや胸に頑固な地平線/ゆうやけこやけ一気に渡る丸太橋/など。